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一つの時代の終焉

この日本において、
爆発的に発達した、
物質文明社会と、資本主義は、
今大きな困難に直面している。
20世紀最後の10年は
「失われた10年」とさえ表現される。
現在は、
高度成長期とは事情が違い、
我々には、夢は与えられない。
将来に明るい希望はあまりない。
国家から、社会から、時代から、
夢が与えられないのなら、
自らの手で、夢を創造しなければならない。
今ここに夢がないのなら、
夢を作ろう。
夢がなくては、
人は生きていけないのだから。

Written By K.Nakashima
(2000/12/31)

可哀相という言葉

可哀相という言葉は
僕の一番嫌いな言葉で、
自分から使うことは滅多にない。
可哀相という言葉は、
憐憫の感情の表現であり、
憐憫の感情とは
自己が対象に対して絶対的に優位であり、
対象に対して、哀れみの気持ちを持つ感情である。
即ち、
可哀相と思うということは
時として、対象に対して
絶対的な屈辱感を与えるものである。
可哀相と哀れまれて生きるよりは、
ろくでなしと罵倒されて生きる方が、
はるかにましだと、
僕は思う。

Written By K.Nakashima
(2000/12/31)

IT革命の弊害

90年代前半、
全国の女子高生の必須デバイスだったものは、
「ポケベル」である。
今思うと、ポケベルによる文字通信は、
現実には会うことのない、表情の見えない人物との、
表情の見えない
「仮想的」な
コミュニケーションの始まりだったかもしれない。
近年の爆発的なインターネットの普及により、
より手軽で高度な、
「仮想的」コミュニケーションが
実現されている。
「仮想的」コミュニケーションには、数々の長所があるのだが、
致命的な短所もある。
相手の顔が見えないため、
相手を配慮したコミュニケーションができないということ、
双方向性の薄いコミュニケーションであるということである。
電子メールの類では、
べらべら喋ってくるくせに、
いざ顔を合わせて話してみると、
急におとなしくなるような輩が、
最近増加している気がする。
安易に「仮想的」コミュニケーションに頼りすぎるのは面白くない。
人と人とのコミュニケーションは、
行き付けの居酒屋で、酒でも食らいながら、
楽しく過ごすのが一番良いのだ。
コンソールや、携帯移動端末に向って、
メッセージを入力するのは酒ほどは面白くない。
そんなふうに思うのは、
僕が「IT」から取り残された古代人だからだろうか。
だとしたら、僕は、
計算機は捨てて、古代人と一緒に酒を楽しみたい。
「IT」で、上手に遊ぼうよ。

Wrrten By K.Nakashima
(2000/12/24)

個人主義と「ワガママ」との違い

個人主義という言葉は、誤解されて用いられやすい。
利己主義や「ワガママ」と同義にされやすい。
とある字引きによると、
「個人の意義と価値、権利と自由を主張し、尊重する主義」
とある。
個人の意義と価値、権利と自由を主張するということは、
同時にそれに伴う個人の責任を全うするということであり、
個人の意義と価値、権利と自由を尊重するということは、
自己のみならず、他個人の意義と価値、権利と自由を尊重することである。
つまり、個人主義とは、
「個人」が自由に意志を持ち、
「個人」が自由に行動し、
「個人」を大切にすることである。
集団において、個人は、集団の目的のために行動するのではない。
「個人」の目的のために行動するのだ。
組織は、所属する「個人」の目的遂行を
効率化するための分業システムであるだけなのだ。

Written By K.Nakashima
(2000/12/7)

妥協による収束

年末が忙しいと思うようになったのは、
大学生になってからで、
それは恐らく、
年末に中間試験があったり、
定期演奏会があったり、
レポートの締め切りが集中したり、
研究で共同開発しているものを統合したりするからなのだ。
これらが年末に集中する理由はわからないが、
人間には、有限時間と有限能力しかないので、
処理できる仕事の量も有限で、
そういう都合で、仕事のうちのいくつかは、
うまく妥協することが必要なのである。
うまく妥協することができるということは、
重大なアドバンテージであり、
最大の利得を得るための必要な能力なのである。
妥協しすぎると結果が残せない。
妥協しなさすぎても、結果が残せない。
評価されるのは、過程ではなく、結果である。

Written By K.Nakashima
(2000/12/5)

Yellow Night

トマト言葉って、
ステキかしらと思いながら、
コンビニで買ってきた烏龍茶を
湯飲みに入れ、
電磁波で加熱して飲むのが
心地よい目覚めの秘訣。

Written By K.Nakashima
(2000/11/23)

朝日

朝日の日差しを受けると
不健康な気持になる。
夜10時過ぎに、
なじみの居酒屋で酒を食らうと、
体中エネルギーで満たされるのに。
登校中の小学生がいる箱崎を通過すると
大学の構内に入る訳だが、
この時間帯、ほとんど活気が無いのは、
何故だろう。
大学とは、実に朝ねぼうな宇宙である。

Written By K.Nakashima
(2000/11/16)

英雄

ジョージワシントンは、
アメリカ合衆国の独立のために戦った英雄である。
毛沢東も同様、
中華人民共和国を建国した英雄である。
だが、彼らが指揮した行為によって、
何人もの人間が血を流し、何人もの人間が死の恐怖にさらされた。
そういう意味では、ヒトラーや東条とあまり変わらない。
もし、彼らの戦いが失敗に終わっていたら、
歴史は、彼らをどう評価しただろう。
日本赤軍の重信房子容疑者が逮捕された。
某テレビ番組の毒舌キャスターは、
正面から彼女を非難しなかった。
彼女の行為を弁護すらしていたようにも感じられた。
あの時代に生きた人には、
彼女はただのテロリストとしては、
受け入れられないのかもしれない。
テロリストも英雄もやっていることは
あんまり変わらないことが多い。
気違いと天才は紙一重という。
テロリストと英雄はどうだろうか。

Written By K.Nakashima
(2000/11/13)

最近の仕事

最近、研究室での
単位時間当りの仕事量が増加してきている。
よい傾向だ。
最近、一日当りの仕事時間数が増加してきている。
よくない傾向だ。
だからといって、仕事率には限界がある。
もっと負荷が分散できれば、
楽に仕事ができるのだろうけど、
そんなに計画的に生きていない自分は、
どうしても、仕事を溜め込んでしまうのだ。
でも、きっとそれは人間として、
正しい傾向なのだ。
正しくて良かったと思う?

Written By K.Nakashima
(2000/11/3)

Topとしての責任

吹奏楽などで、
あるパートの中でTopを担当する人には、
それなりの責任がある。
それは、他のパートの人を音楽的に
リードすることである。
それは、口頭でごちゃごちゃ言うことではない。
合奏中の演奏でリードする必要があるのだ。
左側で吹いている奴が、
音楽的にリードしてくれないと、
右側にいる人たちは、
どう吹いていいのかわからない。
Topを担当するということは、
彼らにどう吹くべきかの道標を示すことだ。
自分のことで精一杯なんてことは、
恥ずかしいことだ。

Written By K.Nakashima
(2000/11/3)

ハーモニーディレクタ

よく、ソフトウェアでMIDI音源をエミュレートしたり、
キーボードで鍵盤をエミュレートしたりする。
最近では、メトロノームプログラムまであったりして、
ちょっと音楽をかじる人には便利な環境がととのっている。
ピアノが弾けない私が、ちょっとコードを確認したり、
音程を確認したり、
シンセサイザー的な音で遊んでみようという時には、
これらは便利である。
じゃあ、あと一歩すすめて、ハーモニーディレクタを
エミュレートしたプログラムがあれば便利なのになと思うのだが、
これが、なかなか見つからない。
無いものは作るのが私の主義なので、
作ってみようといろいろ調べるうちに、
なかなか困難である事が発覚する。
ちょっとした「日曜プログラマ」の領域では難しいなと
早くも挫折が見えて来たところである。
一応、自称「忙しい男」だから。

Written By K.Nakashima
(2000/10/23)

括弧

開く括弧は必ず
閉じる括弧と対で存在する。
開きっぱなしは許されない。
世の中の逃れられない不幸の根本には、
この事情が強く関与しているのだと思う。
もっとも、この事情によって、
「あはれ」や「おかし」が存在し、
世の中を面白くしているのだが。

Written By K.Nakashima
(2000/10/16)

生きる目的

何ゆえ、自分は生きているのか。
こんな難しいことは私にはわからない。
恐らく、どんなに偉い哲人がこの問題に取り組んでも、
合理的で、矛盾のない結論はないのだろうと思う。
そうは言うものの、目的がない状態というのは、
非生産的な状態であり、非効率な状態であり、
進む方向を間違う可能性の高い危険な状態でもある。
そういう都合で、
目的がない状態は、危ぶむべき状態なのだろう。
生きる目的の分からない私は、危ぶむべき状態なのだ。
とても残念な事だ。
とはいえ、きっと多くの人がそうであるのだろうから、
それはそれとして、適当に受け止めて受け流して、
その事実を楽しめばいいのではないかと思っている。

Written By K.Nakashima
(2000/10/16)

インスタントのうどん

とあるメーカーのインスタントうどんを購入した。
きつねうどんを。
よくみると、
「あげは丸大豆100%!遺伝子組み換え大豆は使用しておりません。」
と書いてある。
思わず笑ってしまった。
インスタント食品は塩分が多すぎたり、
添加物が多かったり、
さまざまな理由で不健康な食べ物だという気がする。
それに比べて、
一体遺伝子組み換え大豆がどれだけ不健康だというのだろう。
不健康なインスタント食品ばかり食らっている、
自分の生活も、
同時に笑ってしまった。
そろそろ、健康とかいう問題にも、
真面目に取り組んだ方が良いのかしらと思った。
ちなみに、このうどん、
深夜に食らうと異様にうまく感じる。

Written By K.Nakashima
(2000/10/9)

深夜のファーストフード屋さん

深夜のとあるファーストフード屋さんで、
酔いでも覚まそうと、
茶を飲んでいると、
BGMで、何かの曲のクラリネットのソロが
聞こえてきた。
はじめは、気にも留めなかったのだが、
よく聴くと、ビブラートをかけてらっしゃる。
自然に、飾らずに、心地よく。
クラリネットは、直球勝負も悪くないけど、
多少、ビブラートを使うほうが、
自然だと思った。

Written By K.Nakashima
(2000/9/26)

忘却の権利

日本国憲法では、
「何人」や「すべて国民」に対して、
数々の権利を保障している。
しかしながら、
この進歩的な憲法の中でも、
「忘却の権利」は保障されていない。
我々人間は、
物事を覚えることについては、
ある程度、制御できる。
しかし、物事を忘れることについては、
制御できない。
我々には、「忘却の権利」は与えられない。
随分と人間は窮屈な存在である。
どんな人間も、必ず過去に縛られるのである。
たとえ、僕が革命でも起こして権力者になったとしても、
    たとえ、僕がベンチャーで大成功して、ゲイツ君みたいなお金持ちになっても、
大切な人に対してすら、忘却権を与えることはできない。

Written By K.Nakashima
(2000/9/21)

医療ミスという問題について

医師に注文をつけたいことがある。
あなたたちは我々一般人から見ると、
とんでもなく高額な給与を取得している。
これは、あなたたちが命というかけがえのないものを取り扱っているから
社会が支払っているものである。
高い給料をもらっている以上、
命に対して強く責任を感じてほしい。
くだらない医療ミスなどおこしてもらっては困るのだ。
そんなことをされたのでは一体なんのために
高い報酬を社会があななたちに与えているのかわからない。
人間は誰でもミスをするというが、
高い給料をもらう以上は、命に対して責任をもってほしい。
ミスなどあななたちに許されるはずが無いのだ。

Written By K.Nakashima
(2000/9/13)

社会の給与システム

一般に、医師の給与は高く、
計算機エンジニアの給料は安い。
需要と供給の関係だけで料金が決まっているとは思えない。
なぜなら、医師は徐々にあまる傾向にあるのに対し、
計算機エンジニアは供給が全く足りていない。
おそらく、ここ価格差は、
計算機エンジニアがコストを常に意識して生きていかないのに対して、
医師はコスト意識を強くもってほしくないというところから生じるのだと思う。
計算機エンジニアは常にコストの事を頭に入れて仕事をする。
どんなに素晴らしい商品も高すぎると売れないし、
コストが高すぎて利得が小さいと、
生産しても意味が無い。
コスト意識が徹底されないと十分利得を生むことができない。
だから、あらかじめ給与水準を低くしておくことで、
けちけち精神を身に付けさせておく必要があるのではないか。
一方、医療については、けちけちした医療で死んでしまっては困るのだ。
そこで、彼らにできるだけ金を握らせ、
命を救うのにけちなことをさせないようにさせる必要がある。
きっとこういった意図があって、
彼らの給与水準は高いのだと思う。

Writtne By K.Nakashima
(2000/9/13)


ケチケチ禁止法

経済の立て直しが、
目下日本国の至上命題である。
そのため、大規模な補正予算を組んで、
景気と呼ばれる化け物に、
必死にえさを貢いでいる。
しかしながら、景気というものは、
個人消費が伸びれば回復するものなのだ。
だから、いっそ、ケチケチ禁止法という法律を制定して、
施行しちゃえぱ、
あっというまに景気は回復するんじゃないかと
思うんですけど、
これはこれで、不満たらたらなんでしょうね。

Written By K.Nakashima
(2000/9/12)

無常

天上天唯我独尊発言で有名な
ある偉人の話によると、
世の中は無常であるらしい。
これは非常に正しいことであり、理屈の通った話である。
出会いには必ず別れが付き物で、
これは必ずセットな物である。
形がある物は、生産されると、いつかは姿を消す。
この大きな地球でさえ、そのうちなくなってしまうことが予想されているし、
この太陽系もいつかは亡びる。
MOTHERという8ビット計算機用のゲームに
出会わなければ別れることもないと哲学している人物が出て来る。
これも非常に正しい。
別れは必ず辛い体験である。
何がしらかの不幸である。
すなわち、
出会いがあれば、必ず不幸がやって来る。
これらのことから、この事実が導き出される。
幸せの果てには、必ず不幸が用意されているシステムは、
随分残酷だと思いませんか。

Written By K.Nakashima
(2000/9/11)

熊のぬいぐるみの使用法

とある計算機科学の本に、
もし、どうしても解決できない問題に出くわしたら、
人に尋ねる前に、その問題の質問を
熊のぬいぐるみに話してみろと
書いてある。
別に半導体で制御されているわけでもない、
熊のぬいぐるみに
何か声をかけてみたところで
問題が解決するはずがないと凡人の僕は思うのだが、
この本によると、
熊のぬいぐるみに話し掛けているうちに、
自分の悩んでいることが整理されて
自分自身で簡単に答えを見つけてしまうこともよくある話であると
主張されている。
そういわれるとそうかもしれないとも思うから、
さらに自分が凡庸な人間だと思う。
ところで、これを計算機科学以外のことに応用できないだろうか。
人間はいろんな事でいろんな事を悩む。
けれども、よくよく話を整理すると
物事は解決しやすくなる。
つまり、もしなにか貴方にとっては重要なことで、
他人にとってはどうでもいいことを
思い悩んでいたら
熊のぬいぐるみに相談したらいいのではないだろうか。
理屈の上では素晴らしい効果を生むことになる。
ところで、この本には触れられていなかったが、
熊のぬいぐるみではなく、キティーちゃんのぬいぐるみだったら
効果はどうなのだろうか。
このあたりは、疑問の残るところではある。
さらに、この手法には、大きな欠点がある。
二十歳を過ぎた男が堂々と、
熊のぬいぐるみを購入することができるだろうか。
残念ながら、僕はやっぱりいろんな事を
思い悩まなければいけないのだと思う。

Written By K.Nakashima
(2000/9/5)

光と影

光があると、必ず影ができる。
どんな素晴らしいものでも、必ず影の要素がある。
強い光は、強い影を伴う。
素晴らしいものを目指すということは、
影の要素も極めていくことで、
一概に立派な行為かどうかはわからないものだ。

Written By K.Nakashima
(2000/9/3)

創造と破壊

創造する行為の裏側には、
必ず何がしらの破壊があると思う。
破壊を伴わない創造は、真の創造ではない。
じゃあ、破壊は創造的だろうか。
これは、今の僕にはわからない。
それは、否だという結論であってほしい。
そちらの方が、苦しまずにすむ結論だ。
けれどもわからない。今の僕には。
試しに、何かを壊してみようかと思ってみたけど、
僕は、将来ノーベル賞でももらうつもりで
ガンバってるので、
何かを壊すことなんてできない。

Written By K.Nakashima
(2000/8/28)

MOTHER 3

"MOTHER"という素晴らしいRPGがあった。
それがあまりに素晴らしすぎたので、
"MOTHER 2"というまた素晴らしいRPGが誕生した。
"MOTHER 2"も「大人も子供もおねーさんも」きっと楽しめただろう。
しかし、"MOTHER 3"はどうやら発売されないらしい。
ショックだ。
たかがゲームだ。そう思えば簡単だ。
だけどなんて言うのか"MOTHER"はちょっと違ったんだけどな。
熱狂的なファンというものは"MOTHER"についてはあんまりいないのだろう。
発売されたからといって、大ヒットするとも思えない。
開発コストと売却利益を考えるとちょっと割にあわないのかな。
でもああいうハイセンスなゲームがこの世の中から生まれなくなるというのは
なにか寂しい。
資本主義社会の弊害の一つだと思う。
売れないも物は価値がない?

Written By K.Nakashima
(2000/8/23)

原子力潜水艦

ロシアの原子力潜水艦が沈没して、
必死に救助活動をすすめている。
原子力潜水艦は、原子力で動作するため、
その内部には原子炉が存在する。
原子炉の中では、核反応が起こっているわけで、
素人が考えても、この乗り物は大変危険な乗り物である。
そんな、危険なものが沈没した。
中の乗組員の安否も重要な問題だが、
中の放射能が漏れ出すことは非常に大きな問題である。
ところで、30年ほど前のとある図鑑に、
機関車に関する掲載があったらしい。
そこには、「将来は原子力を動力とする機関車も登場するだろう」
と、割と非現実的なコメントがかかれていたという。
機関車の動力が原子力になる頃には、
きっと家庭用原子炉が開発されているだろう。
将来、家庭用原子炉が開発されるほど、
原子力というものが身近なエネルギーになるには、
人類は相当の努力と犠牲を伴うだろう。
我々はもはや、原子力無しでは生きていけない。
原子力を究極的に安全に使用するための、
制御技術が登場するのは、いつのひになるのだろうか。

Written By K.Nakashima
(2000/8/18)

「楽しい」夏の理科教室

今日、九州大学工学部電気情報工学科の
「夏の理科教室」企画委員会というところの
催し事がありまして、
中学生を集めて、ネットワークを体験させようというイベントなのですが、
その手伝いの仕事がようやく一段落しました。
自分以外の人のために
Webページを作成したのは今回の仕事が初めてで、
「九州大学」という肩書がある以上は、
リンクが切れていたり、誤字が含まれているようなページは作成できない訳で、
それはそれは、気を使う、精神的には肉体労働となる
仕事をして来ました。
昨日は前日ということで、
雨の中、ワークステーションを搬入するといった、
単純な肉体労働を遂行し、
本日は、中学生がインターネットを「楽しんで」いる姿を
デジカメで撮り、
無事任務の大部分を終了したのです。
とにかく、中学生が面白そうに計算機を触っていたので
良かったです。
どこぞやの計算機嫌いな電気情報工学科のE課程の学生も、
彼らのように計算機を楽しんで欲しいものです。
無論我々は、情報工学を学ぶ学生なので、
彼らのように無邪気に遊ぶというわけにもいかないのですが。

Written By K.Nakashima
(2000/7/25)

食いものにされる我々

この日本国において、
政治の実権を握るのは、国会議員や閣僚の方々なのですが、
国会議員というのは、各選挙区と呼ばれる地域の
選挙権を持つ人達の人気投票によって選出される仕組みになっているんですね。
この選挙区というのが曲者で、
選挙区単位で議員を選出するため、
「一票の格差」というものが生じてしまうのです。
田舎の人の一票は、都会の人の一票の何倍もの力を持つ仕組みになっていて、
そういう都合で、国会議員という職業は、
如何に田舎の人にうけることをやるかということで、
その生命が持続されるシステムになっているのです。
更に、「お年よりこそ選挙に行く」の法則に基づいて、
特にお年よりうけすることを実行することが、国会では重要なこととなるのです。
お年よりは、経済や教育には大きな関心は寄せません。
どんなに不況になろうとも、新たに自力で生産活動をするわけではないので
あんまり問題にはなりませんし、
別に子供たちがどんな大人になっていこうとも、
そのころまで生きている可能性は低いので、
国家の将来に投資しようとは思いません。
彼らは年金や福祉には高い興味を持つでしょうけど、
そういうところにばかりお金をかけすぎると、
経済というものの発展、国家というものの発展は
望めなくなります。
人類の歴史の中で、民主主義というシステムは、
まだまだ、歴史の浅いシステムで、
このシステムが最善のシステムであるかどうかについては、
歴史はまだ答えを出していないのだと思います。
皆さんは、どう思いますか。

Written By K.Nakashima
(2000/7/23)

会社を辞めて独立起業するまでの便利事典

起業するには、どうしたらいいかが書いてある
実用書を購入して読んでみました。
有限会社を設立するには300万円の資本金がいるそうです。
株式会社を設立するには1000万円の資本金がいるそうです。
会社作るのってお金かかりますね。
誰か、僕と一緒に事業起こしませんか。
そういう人、募集します。
別に出資してくれとか言いませんから。
メールください。
営業が得意そうな人がいいです。
なんせ、僕は感じの悪い人で有名ですから。

Written By K.Nakashima
(2000/7/20)

歩行者用信号機の怪

歩行者用信号機が青色から点滅をはじめると、
多くの歩行者は、歩くスピードを速めるのですが、
なぜか、赤になると落ち着いて歩き出す人が多いんですね。
青い点滅の方が、赤よりも安全なのに、
より危険な赤信号になると、ゆっくり歩いてしまう、
これは、実に奇怪な現象であります。
皆さんも、この現象には、厳重に注意しましょう。

Written By K.Nakashima
(2000/7/17)

借金

借金というのは、覚醒剤みたいなもので、
一時的には、台所事情が非常にリッチになるのだが、
その後は、利息というなの、化け物が、
毎晩、冷蔵庫の中から貴重な食料を食い荒らしいてくのである。
即ち、「ご利用は計画的に」である。

Written By K.Nakashima
(2000/7/15)

産業変革

ここ数年、大幅な産業構造の変革が進んできているらしい。
福岡という田舎まちに住んでいるとあまりその変化は
実感を持てない。
携帯移動端末、インターネットの爆発的普及は、
我々の生活に革命的な変革をもたらす力を持っているのだが、
我々は日本人である。
英国以上に保守的な国民性を持つ日本人である。
自ら進んで産業構造を革命的に変革することなど、
できる訳がない。
アングロサクソンが革命的な勝利を得る姿を
ひたすら真似することしかできない我々ならば、
アングロサクソンに食いものにされても仕方がない。
沖縄に米軍が居座り続けるのも、
我々が彼らの後を追うことくらいしかできないから、解決できないのではないか。
我々もたまには、変革を促す勇気をもって、
過去に甘えることなく、痛みを伴って、
新しい道を切り開いてみても、
良いのではないだろうか。

Written By K.Nakashima
(2000/7/12)

クラリネットの不思議

クラリネットという楽器は、
ビブラートをかけない楽器のようですが、
それはなぜでしょう。
別に構造上かけられないようでもないみたいですが、
かけないですね。皆さん。
吹奏楽において、支配的な地位であるのですから、
もう少しなにか、工夫が必要だと思うのです。
とびきり上手なクラリネット吹きは、
もちろんビブラートなんて使わなくても、
素晴らしい音楽できるのですが、
アマチュアの三流管楽器吹きである僕に言わせれば、
ビブラートという究極のごまかしのテクニックがなければ、
音楽的表現の97%は
実現できないものです。
今の吹奏楽に足りないものの一つとして
クラリネットの表現力の限界があるのではないかと
勝手に思索してみたりするのです。

Written By K.Nakashima
(2000/7/5)

通信制御

いま、研究室では、
通信制御機構に関する検討という奴をやっています。
この通信というのがとんでもなく厄介で、
1台だけの計算機ならともかく、
送信と受信で、2台もの計算機の面倒を見ないといけないのです。
なんというか、これは、疲れます。

Written By K.Nakashima
(2000/6/29)

相棒

一番古い俺様の
相棒の調子が悪いと、
俺様までこけてしまう。
俺様が、相棒の分まで仕事できる奴ならば、
良いのだが、
俺様ばかりが相棒を頼ってきたのは事実。
支えてやれなかった、
いざという時に役に立たない俺様は、
偉そうな割には情けない。

Written By K.Nakashima
(2000/6/27)

優等生

嫌いな言葉
もし、不幸にも自分がそうであったなら、
早急に返上したいものだ。
いや、どう転ぶにせよだ。

Written By K.Nakashima
(2000/6/27)

戦士

私のローカルでは、
教員採用試験というものが、
最近のトレンドで、
競争率が30倍を超えるような大変熾烈な
椅子とりゲームに挑む戦士へ、
どうかあきらめることなく、
がんばって欲しいと強くメッセージを送りたいと
思うのであります。
決戦まで、あと一ヶ月ほどの間、
最後の一つの椅子に執着する、
地下鉄での少し太った中年の女性に見られる、
図々しさを
身につけて欲しいと思うのであります。

Wriiten By K.Nakashima
(2000/6/17)

クレイジーラブ

粋で悲しいクレイジーラブ
この陽水のフレーズが、
この頃の俺様のモーニングコール。

Written By K.Nakashima
(2000/6/17)

俺様の不安

ペンは剣より強しと
昔の人は言ってしまったわけですが、
剣くらいならともかく、
ファトマンや、リトルボーイ、
あるいは、テポドン位になると
そんなに簡単な話には、
ならない気がするのですが、
いかがでしょう。

Written By K.Nakashima
(2000/6/17)


凡人

楽譜というものを手渡されると、
休団しようと思っていた確固たる決意が、
ぐらぐらと揺らいでしまいます。
凡人の意志とはこのように軟弱なもので、
その軟弱な意志と引き換えに、
溜まった仕事をどう処理するかのプランでも、
考えてみようと思います。

Written By K.Nakashima
(2000/6/17)

英雄

世の中には、
自分の力ではどうしようもできない、
人と人との関係とかいうものがあって、
どうしようもなくなったときに、
人間はひどく苦しむものだ。
北と南に分断されたあの国家の、
最高指導者同士の会談は、
このような人間の苦しみに対して、
ひとつの勇気を与えてくれたようにおもえた。
あの二人が、
将来、この東亜細亜の英雄として評価されるよう
心から願いたいものである。
苦しみは、固い握手で乗り越えられるのだと、
我々にも知らしめて欲しいのである。

Written By K.Nakashima
(2000/6/16)

浮き世

世の中の人と人との関係を
見ていると
冷静な観察者である限りは、
趣深いものである。
これが、当事者になると、
もう全く右も左も分からなく、
樹海の中を
さまよい歩く羽目になる訳で、
面白いのやらおかしいのやらで済めばいいのだが、
苦しんだり悩んだり、
場合によっては道を踏み外したりするから、
注意が必要となる。
最近では、随分と歳をとったのか、
あるいはおじけづいたのか、
樹海を上から見下ろして楽しんでいるばかり。
樹海も、随分様変りしたしね。

Written By K.Nakashima
(2000/6/12)

海の見えるビヤガーデン

計算機研宴会幹事という仕事を
やっていたりする私の、
最近の大きな課題は、
夕日が海に沈むところが見える
ビヤガーデンを見つけることである。
これが、成功するか否かによって、
私の宴会幹事としての評価は、
完全に決定するであろう。
ということで、有益な情報を求む。

Written By K.Nakashima
(2000/6/6)

紛失物、多数

今週の紛失物
1.生協のプリペイドカード
2.自転車の鍵
3.楽譜入れ
物、なくしすぎ。
そういえば、学校でMasaとあった。
このレアな体験とこれらの紛失物たちの間には、
相関関係を感じざるをえない。

Written By K.Nakashima
(2000/6/3)
時の力

僕のとある親友が、もう一人のとある親友と
ケンカ別れして3年程たっていた。
そのうち、片方があまりにもう一人の方を
嫌っていたため、僕の必死の和平工作も虚しく、
仲直りする兆しが全く見えていなかった。
ところが先日、突然この親友から電話があり、
相方の方から電話があって、通常通りの会話を交わしたという。
めでたいことではあるが、僕の必死の和平工作は、何だったのだろう。
人間一人がどんなに努力しても、
時の力には勝てないものであるものだと
痛烈に感じざるを得ない。

Written By K.Nakashima
(2000/5/31)

議事録

研究室で開発ミーティングが行われる。
そこでの議論は議事録として残される。
そして、議事録を記述するのは、M1の仕事である。
議事録を記述するために、議論をMDなどの音声記憶媒体に録音し、
それを聞き直す。
自分の録音の声を聞くのも辛いことだが、
自分が議論の中で、非難されるのを
聞き直すと行った行為も面白いものではない。

Written By K.Nakashima
(2000/5/30)

Welcome 管楽器

この春より、管楽器というものを
志してみようとする皆さんへ。
何よりもまず楽しむことが重要ですが、
はじめは、楽器は全く言うことを聞いてくれません。
ですから、ひたむきに、精進する必要があります。
そう簡単には、うまくなれません。
あきらめずに、怠けずに、
根気よくこれに、精進してください。
楽器と自分が融合した感覚を身につければ、初心者卒業です。
少なくとも、周りにいる管楽器経験者と、
同じペースじゃうまくなれません。

Written By K.Nakashima
(2000/5/20)


久しぶりに真面目に

久しぶりに真面目に楽器を吹く機会がありました。
おんなじ集団でも、
指揮者ひとつで音楽がまったく変わってしまうものだなと、
感心せざるを得ませんでした。
あんなに集中して楽器を吹いたのは、
実に1年と5ヶ月ぶりの話です。
願わくは、学生指揮者の方にも、
もっと魅力的な指揮を振っていただきたいものです。
もっとも、学生指揮者としては、今でも十分魅力的ですが。

Written By K.Nakashima
(2000/5/16)

Happy Birthday

昔、つき合っていた彼女というのがおりまして、
今日は、彼女の誕生日なんですね。
不思議なもので、今となっては全くやくにたたないこの情報を
いまだに覚えているのであります。
両親の誕生日もうろ覚えなのに。
あのころは、それだけ必死だったのでしょう。
あのころに比べると、今の自分は平和ですね。
防衛する必要があるものはほとんど無いですからね。
ひたすらに、好き勝手に生きられることの喜びは、
素晴らしいものです。今では、飽きてしまいましたが。
友達からは、On demandな奴だと言われるようになりましたしね。
じゃあ、何を計画しましょうか。

Written By K.Nakashima
(2000/4/28)

情け

俺様は、人に情けをかけてもらうのが嫌いだ。
しかしながら、俺様は未熟者なので、情けをかけてもらわないと生きていけない。
いろんな人に情けをかけてもらっている。
本当に、皆様、どうもありがとう。
早く立派になりたいものだ。
でも、多分、一生無理。
残念。

Written By K.Nakashima
(2000/4/19)

時の刃

人と人と人とのつながりというものは
なかなかに簡単には切れるものではないのだと
不思議に思うことがある。
思えば、先日電話のあった「S」についてもそうである。
ただ、彼も長年の親友であるというのに、
あまりに久しぶりであったため、
電話するのに「意を決する」必要があったそうだ。
時に身をまかせて生きていると
たまに時の刃に切られていたい思いをする。
しかも、こいつのたちの悪いところは、
自覚症状の無いうちに大切だったものが消されてしまったり、
大切だったものを傷つけたりするところであろうか。
私が大切だと思っている人でも、
その思いが一方通行であったりすることは良くある話で、
自分が傷つくことはよくある。
そこまでは良いとしても、知らない間に、
私が他人様を傷つけているのではないかと
思うことがある。
先日卒業したと思えば、今日は学部の入学式である。

Written By K.Nakashima
(2000/4/7)
探し物

この4年間、
ちゃんと何かを「探して」生きてきたのかなと、
疑問に思う事もある。
結局、探し物が何であるかも、
さっぱりわからないまま、
探すのを放棄して、
夢の中で踊っていたのかもしれない。
踊るのが悪いこととは思わない。
素晴らしいことだ。
けど、僕は元々、
ダンスはうまく踊れないんだよね。

Written By K.Nakashima
(2000/3/28)

「S」

実に、1年と3ヶ月も連絡が途絶えていた、
旧友「S」から連絡があった。
「S」の弟と、昨日会って、
よろしく伝えてくれと言ったその当日に
連絡があった。
こんなに長い間、「S」と連絡を取らなかったことは今までになかった。
この1年と3ヶ月の間に、「我々」は随分と変貌した。
「我々」の中ではいろんな出来事が起こった。
「我々」は随分と変わり果てた。
「我々」は、あのころからは想像もできないほど、
歳をとってしまった。
まだ、僕は若いけどね。

Written By K.Nakashima
(2000/3/27)

受験票

いろいろ部屋の中で探し物をしていたら、
大学受験の時の受験票がでてきました。
さらに、高校時代の生徒証や、
高校時代にやりとりした手紙が、
大量に発掘されました。
果ては、ここ1年以上失踪いていた缶切りもでてきて、
大収穫でありました。
あのころのアナログな文書のやり取りは、
人の心のぬくもりというか、
感情的な力強さとか、
そういうものが、深く深く感じられるものばかりでした。
近年の多くのコミュニケーションの電子化に伴い、
僕の心もふけてしまったのでしょうか。
二十歳までは、そんなこともなかった気もします。
雨の中、友達と公園を濡れてあるいたり、
毎晩のように県外までドライブしたり。
最近では、滅多に感動することも無く、ときめくものもありません。
しかしながら、それが一番いいのです。
安定しているし、何より、生産的なのです。
いつまでも、楽しんでばかりではいけないのであります。
もはや、ガキっぼいことはいってられないのです。
気がつけば、この大学をもうすぐ卒業しようとしています。
恐ろしい話です。

Written By K.Nakashima
(2000/3/23)

失踪ごっこ

昨日、研究室をさぼって
なんとなく太宰府に行った。
かねてより、梅が見たいと思っていたからかもしれない。
ちょっと季節は外したかと思ったけれど、
なかなかに見事な梅であった。
ついでに、道真君にも挨拶してきた。
ちょっとした観光気分で
調子に乗って梅ヶ枝餅など買ってみた。
後輩諸君に食わせてやったのだが、
なかには、趣のかけらも無いような奴も混じっていて、
実に、虚しさを感じざるを得ないのであった。
彼は風流であるとか、趣深さであるとか、
理解できないものなのだろうか。
そういう「でりかしい」の無い人間に、
楽器を吹く等、芸術の類が本当にできるのだろうかと、
思ってしまった。
梅の花を見に行きたくなって太宰府に行く行為が
理解できないような人には、
残念ながら、音楽は向いていないと
思わざるをえないのである。

Written By K.Nakashima
(2000/3/16)

ワイン

陽水でも聞きながら
ワインの香りを楽しむのは、
悪くない。

Written By K.Nakashima
(2000/2/11)

聞けば世間ではもう
梅の花が咲いているという。
桜も嫌いじゃないけど、
この世の中で一番美しい花は、梅だと思う。
大学生になってから、この時期は、
現実逃避をかねて、
天満宮に
梅など見に行ったりする。
ついでに道真君にも挨拶したりする。
去年も、お世話になったから、
挨拶には行かないといけない。
ちゃんと挨拶しないとね。

Written By K.Nakashima
(2000/2/8)

結婚

最近、僕の身の回りで流行っている単語の一つに
「結婚」という言葉があって、
もうそんなことをまじめに議論したりする年頃なのかなとか
思ったりしました。
高校卒業後、社会に出たやつから見れば、
22歳という年は、もう結婚しても不思議じゃない年頃だそうで、
あと2年も学生身分を楽しもうと親のすねをかじる僕には、
なんとも別次元な話ですね。
高校時代は、あんなに馬鹿話で盛り上がってた友達が、
まじめな顔つきで指輪選んでるのを見ると、
急にそいつが大人にみえてきて、
自分がまだ親に養ってもらっている存在が
がきっぽく見えてきました。
そして、せめて部屋の中の食いおわったカップ麺のカップくらい、
水でゆすごうかと思いました。

Written By K.Nakashima
(2000/2/6)

西暦2000年

西暦2000年になったけれども、
とりあえず、今日一日は、ただの元日であった。
小さい頃、2000年を過ぎれば未来が来ると
そう思っていた。
「2000」という数字には、未来というメタファーがあった。
「2000」は余りに遠い存在であり、
この世とはおおよそ無縁の、
未来にある、私よりは少なくとも、
はるかに高い次元に存在するものであった。
けれども、今、「2000」は、当たり前の、
ありふれた、身近にあるものに過ぎない。
当たり前ではいけないはずだ。
身近にあってはいけないものだ。
少なくとも、僕の望んでいる「2000」は、
こんなにも弱々しい存在ではない。
僕が願ってきた「2000」は、
こんなはずではなかった。
今日気がついたことは、
僕は今まで、「2000」を願ってきただけで、
「2000」のために何の努力もしてこなかったということ。
望む「2000」を手にするために、
これからは、精進せねばと思う。

Written By K.Nakashima
(2000/1/2)

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